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2023/06/25   とても困ったハナシ

2023/06/25   とても困ったハナシ



それはペルフェナジンから始まった。突然管理職である私のところに薬剤部から連絡が入り、ペルフェナジンが手に入らなくなった、いつこの事態が改善されるかわからない、精一杯流通在庫を確保したが、あまり長くはもたないだろうという。私もこの業界に30年以上巣食っている、結構な古狸なのだが、こんな事今まで一度だって経験したことはない。あまりにショッキングな情報だった。一体全体どうしろというのだ。傷つきやすい我々の患者をどうやって守ればいいというのだろう。

ペルフェナジンは日本や北ヨーロッパで処方頻度が高い、古くからある抗精神病薬で、クロルプロマジンと同じフェノチアジン系の抗精神病薬である。つまり、時の試練をくぐり抜けた実績のあるお薬であり、このお薬で救われている患者さんも多い筈だ。私の理解では、例の過去最大級の臨床試験であったCATIEにおいて、ペルフェナジンが当初の目論見以上に有効であるという結果が出てしまい、その後処方が増えてしまったという、いわくつきのお薬なのだ。CATIEの結果が発表された当時、製薬会社は“やっぱり新しい薬がいいよね”という結果を期待していたのだが、予想に反して“古くて安い薬でも効果が同じなんだから古い薬の方がいいよね”というデータがでてしまい、頭を抱えているという事態なのだろうと私は理解した。そして個人的にも安くてよく効くペルフェナジンの処方を増やしたものだ。おそらく私のように考える医師は少なくないはずで、手元にデータはないが、CATIE以降はかなりの割合でペルフェナジンの処方が増えたはずだ。私がお世話させていただいている患者さんにもそういった方は少なくなく、やはりいい薬なんだなあとしみじみ感じていた。データと実際の臨床現場における効果の印象は完全に一致しており、やっぱり臨床の現場にいる我々は、勉強して臨機応変かつ具体的にケアを変えていかないといけないんだなあと実感していた。同時に自分がこれまでやってきた、そして今も続けている、研究に基づいた臨床は間違っていなかったんだなあと自己満足に浸ったりもしていた。それでペルフェナジンのハナシだ。

製薬会社はこの薬を作り続けたくはないだろう。薬価も低く、ジェネリックも出回っているので、これを作り続けても利潤は上がらないだろう。それはわかる。しかし医薬関連事業というのは半ば公的な仕事なので、儲からないからと言って一度始めたことを簡単にやめることはできない筈だ。言うまでもないが、特定の薬と手と手を取るようにして毎日暮らしている患者さんたちがたくさんいるからだ。これはなにも精神科領域だけに限らず、内科だって外科だっておそらく同じ筈だ。許されることではない。しかし製薬業界から見ると鬼っ子のようになってしまったからなのか、新しい世代の薬の処方を結果として抑制することとなってしまったペルフェナジンは、信じられないことに市場から締め出されようとしていた。それでどうなったかというと、我々の外来で、患者さんのご家庭で、入院病棟で、小さなパニックが繰り返されることになった。若い世代の医師にはこの薬を使いこなす人は少なく、したがって実質的に自分たちにはあまり関係がないので、声を上げて騒ぐものは目立たなかったが、私のようなベテランは、こういった古くからある薬を何十年も飲み続けている患者さんを複数例抱えているわけで、患者さん本人や家族から、何度も何度も“どうにかならないのか”と怒られたり、涙ながらの懇願を受けたりすることになった。しかし製薬業界に対して政治的に何の力も持っていない私にはどうすることもできず、何が起きているか、私がどう思っているのかを説明するばかりだった。それが実際に起きていることの本質なのかどうかを私の場所から確かめることはできないが、製薬業界が利潤を求めて特定の薬剤の製造を一方的に終了するということは、それが事実とするなら、許されざる暴挙と言えるのではないか。

ペルフェナジンの処方がどれくらいの期間、流通在庫で維持できるのかを確認し、代替となりうる製剤を選定し、プロファイルの違いを詳細に吟味し、変薬によって起こりうる問題を想定してそれに対する具体的な対処法を考えて事に当たった。それが私にできるすべてだからだ。結局この問題は数か月で決着をみて、再び通常通りの処方が可能となったが、この間に、私の外来の場合、10例程度の患者さんが代替薬を飲まざるを得ないこととなった。すべての患者や家族が不安と不満を述べたてたが、他に対処の方法は事実上存在しないためそうせざるを得なかったのだ。幸いにして大きな問題、例えば再発が起きるようなことはなく、薬が元通り手に入るようになってからは、すべての患者さんが従前どおりペルフェナジンに戻すことを希望した。幸いにしてすべての例で大きな問題なく治療の流れをもとに戻すことができた。

先行品をジェネリックに代えるだけで病状が悪化する患者さんが珍しくないのがこの領域の患者さんたちなのだが、そういった事情は全く顧みられることがなく、事実として自分の目の前でこのような暴挙が実際に起こるなどとはほんとうに信じられない。悪い夢を見ているのではないか?もちろん製薬会社だって利潤を追求する権利はある。しかし彼らは国と相互に関係をもってある意味保護されつつ仕事をしている側面もあるはずだ。おそらく業界全体がコロナ禍で力と自信をつけてしまい、こういったことになっているのではないか?国が指導して、必要なことはやらせる、もしくはやってもらう必要があるのではないか。同様なことは学会にも言えると思うのだが、学会には私の知る限り製薬会社からの資金が潤沢に入っているので自由に動けない、意見が言えないのではないだろうか。

次に起こったのはスキサメトニウム、mECTを施行するときに必要な薬剤で、保険医療としてmECTを施行する際には他剤での置換が効かない事情があるのだが、これが入手できなくなった。私が所属するような、重篤な症例ばかりを日常的に扱う医療機関においてはmECTが施行できるかどうかは非常に重要なことで、それは、いうまでもなくこの治療は我々闘う精神科医にとっては最後の砦的な意味合いを持つからだ。精神科と麻酔科がこの問題に向き合うこととなり、各々の学会で様々に議論されて指針のようなものが提示されたが、それ以上、なんら具体的な対応が提示されないままに時間だけが過ぎていった。私の施設では、たとえ保健医療の範囲を逸脱するにしても、他剤を使用して治療を継続しようという意思決定がなされた。そうこうするうちに、最大限無理をして確保した薬剤が枯渇するのが目の前になって、幸いこの問題は解決され、奇跡のように再び十分な製剤が流通するようになった。あの時の心細い気持ち、今思い出しても悲しくなる。なるほどよく分かった。つまり薬物の安定供給などは砂上の楼閣のようなもので、製薬会社や厚労省の意向1つで一瞬にして崩れ去ってしまうものなのだ。そういったことを思い知らされた。大地震の時に都市のインフラが一瞬にして機能しなくなったことなどを想起せざるを得ない。私たちは本当に不安定な基盤の上で医療活動に従事し、私たちの患者さんたちはそういった移ろいやすい医療によって辛くも支えられているのだ。なので、通常は我々日本の精神科医は、決して悪くない状況におかれているのだから、不満を漏らさず、精一杯患者のために働こうとなど自分の心を引き締めたりした。

その後、さらに信じられないことだが、様々な薬物、特に古くて効果が確実で薬価が安い精神科領域の薬物が次々と狙い撃ちのように出荷停止になっている。最近個人的に困っているのはノルトリプチリンだ。TCAの中でも抗コリン作用が弱いこの製剤は、若干副作用が強いSNRI的な位置付けであることをよく理解していればかなり有用であり、とくに難治性のうつ病患者さんたちに福音をもたらすことがある素晴らしいお薬なのだが、毒物が混在している?等ということで出荷停止、あらたに処方をすること厳に慎むべし、というお触れが出回ったところである。具体的にこういった薬剤に変更してくれ、という指導?まで送られてくる始末だ。製薬会社にいつから処方する権利が与えられたのだろうか?

歴史がある、時間の試練を乗り越えて現在まで生き延びている、廉価で我々年季が入った精神科医や患者さんたちにとって馴染のある、何より安全で信頼性が高い薬剤を市場から追い出し、新しく薬価が高い薬物の使用に導こうという製薬業界や関連団体等の強い意志もしくは圧力のようなものを感ずる。我々医師は、全体としてみると、残念ながらこういった流れに反対するために立ち上がって戦うだけの時間と体力を持ってはいない。私自身も例外ではないことはわかっている。思うに医師の中から患者のために政治的なポジションを取ろうとする人は、なかなか出てこないだろう。我々医師がまとまって力と持った集団、つまりPressure Groupとして関連業界にガンガン抗議していくという方法もあるのだろうが、知る限り医師という生き物は社会性に乏しく、自己主張が強いので、そういったうねりを作り出すのは簡単ではないだろう。医師の働き方も多様になっているので、全体を一つのグループとしてまとめるのは年年歳歳困難になっていくだろう。患者さんのため、という切り口で考えてみると、我々現場の人間も関連業界全体の動きに目を配る必要があるとは思われるが、現実的には、そういったことに対して必要以上に時間と労力を割かずに、置かれた状況で患者のために最大の努力をして最善の治療を届ける、というのが、ロートル医師である私のなすべきことなのであろう。そういう態度では、業界から見ると都合のいい医師ということになるのだろうなあ、悔しいことだが。しかし私にはもう時間がない。一人でも私のケアでなくてはダメ、というような患者さんのケアをしてあげたい。幸い今の私は体力が落ちつつある一方で(悪)知恵と経験をたんまりと持っており、そういった背景に裏打ちされた自分の臨床には自信を持っているし、幸いにして成果もめきめきと上がっている。ジジイなりにさらに上を目指して、評価が厳しいと思われる他院での他流試合を最近あらたに始めたところだ。我ながら臨床だけは飽きないし嫌にならないのが不思議だ。おそらく適性があるのだろう、30年も延々とやっていることだしね。

しかし最近の製薬業界や関連団体の動きには本当に頭にくるなあ。COVID19関連でものすごく儲けた会社だってある筈じゃない?とにかく患者のことをおもいやることができない人、団体や会社には、一瞬たりともこの業界にいてほしくないなあ。患者さんたちは自分を守ることができない人がほとんどなのだ。オレたちが守らずに誰が彼らを守るというんだ?

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