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素晴らしい同僚たち 1. シカゴのJ [留学]

素晴らしい同僚たち 1. シカゴのJ

Jは一級上の落ち着いた黒髪の女医さんだった。私の様に英語が下手な外人、しかもでっかい黒髪ツンツンの東洋人に面白がって近づいてくる人は、あまりいない。最初に近寄って来るのは例外なく中年の女性。彼らは怖いものがなく?ものすごく好奇心が強いのだ。次が中年男性、彼らはフレンドリーな人が多い。異国で浮いている私を放っておけないのだろう。部下を指導する上司のような目線なのかもしれない。そして次に近づいてくるのは、なぜか若い女性だ。怖いもの見たさ、といったところだろう。一番冷たいのは若い男性、とくに白人男性ということになる。彼らの中には、あからさまな敵意さえ感じさせる人がいたように記憶している。同僚のレジデントや医師たちの中には、ほとんどお年寄りはおられなかったので、お年寄りは省略する。

Jは、私のことを面白がってけっこう早い時期に親しんでくれた。この人(と言っても実際は年下の女性なのだが)は細身、わりと長身、珍しいさらさらの黒髪で、瞳は濃いグレー、お肌は真っ白シロ、それで沢山そばかすがあった。目鼻立ちは当たり前だがはっきりとしていて、シカゴ出身と聞いていたが、イギリス人の様にゆっくりと話す。ユダヤ系の人なのかもしれないが、結婚して名前が変わっているので最後まで確認できなかった。Politically correctであることを無言のうちに要求されるため、性的なこととか、人種的なこととか、私のような雑な英語しか操ることのできない者は近づかないほうが無難だからだ。Jはきれいな若年女性なのだが浮ついた感じは皆無で、全体にしっとりと落ち着いており、クールな印象を与える。服などにはこだわらず、ブランド物などを身にまとうことはしない。しかしやはり手足が長いので洗練されてかっこよく見える。やはり洋服は、西洋人のものなのだ、と感じさせられた。家庭的な雰囲気は皆無で、生活臭を感じさせるようなことも無い人だった。(多くのレジデントはすでに結婚していたり、子供がいたり、はげていたり、おなかが出ていたりする)

最近は日本の医学部でも真似をしているようだが、米国には一部のリサーチマインドを持つ医学生のために“M.D.-Ph.D. コース”というプログラムが用意されており、確か2年間ほど長く就学して二つの学位を取得する、といった、いわゆるOverachieversのための受け皿が用意されている。Jはこのプログラムの数少ない卒業生で、お金を受け取りながら医学部を卒業していたとのことであった。米国では大学院生は立派な“職業”だそうで、このコースに潜り込むことができれば、医学部に通いながらお金を受け取れるそうな。しかしこれは結構きついプログラムらしく、途中で音を上げてしまうと、入学当初から受け取ったお金を返金し、さらに学費を最初から払いなおさなければいけないらしい。これは借金で火だるまになることを意味するので(米国医学生の借金のことについては稿を改めて記載したい)、このプログラムは乗ってしまったら降りられない、ジェットコースターのようなものなのだ。しかし無事に卒業すれば得るものは多く、例えば私の知る限り米国でPh.D.をもっていると、とりあえずバカではないらしいと認識されて周囲の人たちが自動的に一目置いてくれる。卒後の医師としての収入も多少は違うのかもしれない。ともあれ、Jは、高い倍率をかいくぐってこのプログラムに入り、おそらくクールに淡々と与えられたタスクをこなし、何本かの論文を書いて優秀な成績で卒業したという。だからとりあえず皆に尊敬されるわけだ。美人だしね。

ともあれ、最初に親しくなったうちの一人がJだ。こんなハプニングを経験した。

レジデントには、病棟の近くにレジデントルームが与えられており、その部屋にこもって(もしくは避難して)診療録をPCで書いたり、調べ物をしたり、着替えたり、泣いたり笑ったり、時には恋をしたりする。レジデントに与えられた小さなプライバシーであり、それなしにどうやってレジデンシーを乗り切ってゆくのか、私にはわからない。とにかくレジデントにとって快適でかけがえのない空間なわけだが、ある朝(レジデントの朝は早いのだ)、私がレジデントルームに入ろうとノックをして、ぶ厚い木のドアを開けると、なんとJがおり、着替えをしていた。男女の区別なく、同じ部屋を使っているわけなので、こんなことが起こるのも仕方がない。私は何も悪いことをしていない。ノックをしたときにJが何も言わなかったことも悪かったのかも。そうではあったが、ちょっとだけ見てしまったのだ。彼女の豊かなものを。私の頭はすぐにショートしてしまった。“どうしたらよいのだろう?“”セクハラ“とかいって訴えられて国外追放なのか?走馬灯のようにそれまでの人生が頭の中を駆け巡ったりして、、、。もちろんうっとりと眺めたりすることなく、”やるねー”などとニヤついたりすることもできず、反射的に“ごめんなさい!”といってすぐにドアを閉めた。レジデンシーを始めたばかりの私は、こういったハプニングを楽しむだけの余裕なんてなかった。それでしばらく外で様子を伺って、呼吸を整えてからゆっくりとノックをして部屋に入った。着替えを終えたJに“どうやって謝ったら許してくれる?”とおずおずとひきつった笑いをほほに張り付けて尋ねてみた。精一杯冷静を保って。でっかいひげ面の東洋のオジサンがもじもじしている姿は、かなり情けない印象を与えたと思う。すると満面に笑みを浮かべたJは、“全然問題ないよ”“見る?”と、再びなにか美しいものを私にむけて開放した。痺れた。

Jは彼女なりの方法で私に気をつかってくれたのだと思う。その後も“先輩”として何くれなく相談に乗ってくれ、日本で私が受けた教育なども興味を持っていろいろと質問し、私の書いた論文も読んでくれてメールでコメントをくれたりもした。彼女の存在が、厳しかった私のレジデンシーにどれほど明るい光を投げかけてくれたか、はかり知れない。今でも大変感謝している。現地の好意的な人たちの温かい目線なしには、外国人が仕事をすることなど不可能だ。

彼女は決してラテン的な性格の人ではなく、勤勉で物静かなむしろゲルマン的な女医さんで、レジデンシーを淡々と危なげなく終了し、卒後すぐに母校の助教になった。その頃に一度だけ会う機会があったが、相変わらずクールで格好いいおねいちゃんだった。子供を作らないのがナゾであったが、理由を質問することははばかられた。それでも結構幸せそうにしていて、なんだか安心してしまったことを覚えている。

渡米してたくさんの素晴らしい人たちに会う機会を得たが、面白そうな同僚の話をしろ、というのであれば、やはりJの名前が最初に思い浮かぶ。とってもインパクトのあるヒトだった。大変お世話になりました。ありがとう、J。

同僚たちのことを思い出して書くのは楽しいということが分かったので、とりあえず思いつくままにどんどん書こうとおもう。
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