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ある日の出来事 ボーダーラインのBetty [留学]

ある日の出来事 ボーダーラインのBetty


私がレジデントになって3年目くらいだっただろうか。PICUへの往診を依頼された。リエゾン精神医療というやつだ。この際、背が高く頭がよさそうな、眼科に進むつもりだという優秀な学生さん(眼科に行く人はかなりのエリート)を指導することになり、プレッシャーを感じたように記憶している。患者さんに会ってみると、髪の長い若い女性で、苦しそうにベッドに横たわっていた。呼吸器系の疾患であり、何度も入退院を繰り返しているという。末梢に点滴をしても動き回ってすぐに抜いてしまうので、PICを挿入してあった。どうして精神科が必要だったのか?往診すると理由はすぐに明らかになった。

この人は男性とみると、Dr.であれNs.であれ、次々に密着して魅了してしまい、おかしなことになってしまうようなのだ。Bettyという名の彼女の髪は長く栗色で、優雅にウェーブがかかっており、目は大きくぱっちりとして、大きなメガネをかけている。私の世代には“あられちゃんメガネ”とよばれたやつだ。すごくかわいい。お鼻はほどよくたかく丸っこく、ほっぺはぷっくりして冗談のような桃色だ。唇はいつでも誘うように僅かにひらかれており、絵にかいたようなピンク色。お顔だけ眺めていると子供っぽいのだが、この人はなかなか強烈なプロポーションをしている。大柄ではなく、全体としてぽっちゃりした印象を与えるのだが、必要なところには芸術的にお肉がついているというか。モデルさんやギリシャ彫刻のような大人っぽい整った感じではなく、日本のMangaにでてくるキャラクターが突然目の前に現れたような現実離れした感じ。全体の印象は、ややセクシーよりなのだが、なんだかものすごくかわいいのだ。エロ可愛い?とてもいうのだろうか。この人の舌ったらずな話し方、物腰、身のこなし、いい“味”を出していて、もう総合芸術としか言いようがない。

このひとが病室を訪れる男性に次々と話しかけ、さわり、抱きついたりするため、キスやハグが挨拶の米国であっても、男性たちは次々と“やられて”しまい、目がハート型になって争うように病室を訪れようとする。私の担当学生も、すぐに“pretty”“pretty”と連呼して、すっかり“やられて”しまったようだ。恋愛にIQは関係ないみたいだ。しかしそういった状況を目の当たりにする女性の看護師たちには当然ひどく嫌われるわけだ。Bettyは同性には厳しく、看護師のことをイジワルな目で細かく観察しており、ほめたりけなしたりして看護婦同士を上手に喧嘩させたりしている。“集団の力動をコントロールする”、という高等技術だ。しかし彼女には恋人がおり、心配して頻繁に面会に来ているというので会ってみた。びっくりした。ヒトのよさそうな小太りのオジサンで、側頭部や後頭部以外は全てつるりとしており、髪の毛が足りない感じ。身なりは整わず、あまり裕福ではなさそうで全体にさえない感じだ。米国人なのでいつでもどこでも明るい感じではあるが、どこか皮肉っぽく影があるというか。まあ外見上は冴えなくても、内容のあるいいオトコなんだろうと思うことにした。私の周りのBettyファンたちは、“なんであんな奴と”“むしろオレが”などとささやいて血圧を上げていた。

そんなBettyなのだが、当然私にも接近してきて、体をよせて私の太ももをなぜたりする。“ねえ、、、KJ、、、”と私のIDを読みとってfirst nameで話しかけてくる。PICUのような病棟であったため、病床のすぐ近くにPCが置いてあるのだが、私がカタカタとタイプしたりXPを眺めたりしていると、後ろにBettyが音もなく立っていたりする。突然後ろから抱きつかれたこともあったし、自分のXPを勝手に見て、“わたしのおっぱいどう?”と実物を突き出して私に押し付けてみたりプルプルとゆすってみたりしたさえあった。ここでうろたえてしまうと落第だ。喜んで“丁寧に対応”してしまったりすると“お縄になる”可能性がある。しかし幸いにして、私はすでに精神科医として結構なキャリアを積んでいたため、その成果が発揮された。しっかりと落ち着いた“ふり”をして(動揺を伝えては駄目)、Bettyに全く興味のないそぶりで話しかける。“Bettyさん、私は今忙しいのであとでお話ししましょう”と身を引いたり、“あなたは若い女性なので、診察する時は女性のNsに必ず一緒にいてもらいましょうね”と諭したりした。まあそんなぐあいに“ちょいちょい”と相手をしてさばいてみせたのだが、それを何度も繰り返すと、Bettyは少しずつ落ち着いて、まず私との関に適切な医師~患者関係が確立され、やがて男性たちとの距離感も適切となり、Nsたちへの操作も目立たなくなり、DIVを抜いたりもせず、治療にも前向きに協力するようになった。その後、病棟のNsにボーダーラインについて短い講義をして、どういった対処が望ましいか、などを具体的かつ手短に指導したのだが、この時点でもう拍手喝采をいただいた。学生さんの私を見る目にも尊敬が見て取れるようになった。

その後も何度か病棟に通ってBettyのCareを続けたが、退院まで問題なく必要な身体的な治療を受けてもらうことができ、Nsも落ち着いて十分な看護ができたようだ。私の株はこれ以後大きく上がり、“彼は臨床のよくできる経験ある精神科医だ”という扱いをしてもらえるようになった。Bettyのおかげだ。日本で私をさんざん鍛えてくれたボーダーラインの患者さんたちにも感謝するべきなのだろうか?

しばらく放置していたが、また手を加えていきたい。お手すきな方はお付き合いいただけると幸いだ。

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