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素晴らしい同僚たち 4.中西部の医学生S [留学]

素晴らしい同僚たち 4.中西部の医学生S

彼女のことはよく覚えている。研修中に、最も精神症状の激しい患者さんをケアする病棟で悪戦苦闘する私に話しかけていたくれたことが彼女との出会いだった。“K、あなたは上手くやっているわね。いろんな外人をみたけれど、あなたはずいぶんうまくやっているわよ”と言ってくれたっけ。

私には、Sは中西部の典型的な保守的でまじめた医学生に見えた。私の個人的な理解では、アメリカ中西部というのは文字通り大陸のど真ん中にあり、夏暑く冬寒い土地柄であり、白人が多く、文化的にも宗教的にも保守的であり、地味に努力を積み重ねることが良しとされている、おそらくこれが本来のアメリカ文化なのだろう、という雰囲気を今に残している地域である。個人的な経験に基づく、ものすごい偏見で言い切ってしまえば、中西部の典型的な女性はやや大柄でふくよか、といったことになろうかと思う。Sもそんな女性の一人であった。Sはブルーネット(というのだろうか)の豊かな髪を長く伸ばし、愁いの深い瞳をした、全体につつましい雰囲気を漂わせた医学生だった。肌は真っ白で瞳は薄いブラウン、鼻も口も、控えめな大きさで、知的な印象を与える。小さ目な白衣を窮屈そうに身に着けていた。大学の隣町の出身で、ホームタウンでは彼女は当然かなりの秀才で、家柄も良い子であった。子、と書くと抵抗があるくらい、体の大きい、やや骨太で背が高い女性だった。大柄であることをやや恥じているようで、背を丸め、かかとの低い、ペタンコの、それこそ昔の日本の女学生が履きそうな、赤い革靴を履いていた。アメリカの女性の医学生によく見受けられるような、明るい微笑みを浮かべながら大声で主張しまくるような、アグレッシブな印象はほとんど与えない人だった。

彼女は明らかにアジア系の顔をした、その割に大柄な私に興味を持ったようで、結構器用にPCを扱う私を眺めて不思議そうにしていた。私のタイピングがものすごく速かったからだろう(私はPCマニアだったので、ブラインドタッチも昔ずいぶん練習した)。彼女は、このあたりにはあまりアジア人はいない事、いても中華料理屋さんとか寿司屋さんとか、その国独特の文化を生かした仕事をしている人が大半であること、医学の世界、特に臨床をしている人はほとんどいない事(アメリカで生まれたアジア系のアメリカ人は除く;実際、私がいた州で精神科医の免許を持っていた日本人は私一人)などと私に告げ、ニコニコと微笑みかけた。私はアメリカでは、おかしな英語を操る巨大なアジア人として、微妙な差別とかいじめにあうことが日常的であったのだが(パーソナリティ障害の人に母国に帰れと言われたのはこたえた)、分かりやすい形で好意を投げかけられることはほとんどなかったので、結構うれしかった。日本では尊敬されるとまではいかなくとも、まあまあ頑張っている人として粗末にされるようなことはあまりなかったので、アメリカに渡った当初はずいぶん傷つくことも多かったのだ。

それで、Sと話をした機会に、アジアに興味があるのか、と尋ねてみた。Sはみつのような微笑みをたたえてうなずき、彼女のPersonal Storyを語りだした。興味深い話で、すぐにひきこまれてしまった。びっくりした。彼女は子供のころから何故かアジアの文化に興味を持ち、勤勉で優秀な女子大生であったころに、何度もアジアの諸国を訪れたのだという。話はそれるが、アメリカドルが強いためか、諸外国に旅行するのは日本人が海を越えるのと比べてずいぶんハードルが低い。だから、東京の人が北海道に遊びに行くくらいの感じなのだと思って読んでほしい。話を元に戻す。それで、今はなくなってしまった某国を何度か訪れ、すっかり気に入ってしまい、機会があるごとに何度も訪問していたのだという。どんな文化が気に入ったのか、詳しい話は忘れてしまったけれど。何度も通い詰めるうちに、感じのいいSは某国の若い男性と知り合いになり、帰国後も連絡を取り合って、関係を深めていった。その後Sは、自分でバイトしたお金で彼を何度かアメリカに招待し、彼に自由の国の文化を堪能させてあげたのだという。

詳細は記憶していないが、彼女が何度目かに彼をアメリカに招待していたとき、彼の国が突然政治的に不安定となり、結局国に帰ることができなくなったのだそうだ。それで彼女は自分の家族の反対を押し切って彼の正式な身元引受人となり、彼を全身で抱き取った。彼女は結局家を出ることとなり、彼と一緒にアパートで同棲生活を始めた。彼女は働きながら大学を卒業し、彼を支え、アジアのどこかの国で生活している彼の家族に仕送りをし(テレビと冷蔵庫を持っているのは、彼の家族の住む村では一家族だけだそうだ。当然Sの仕送りで買ったわけだが)、勉強を続けて医学部の学生になった。大したものだ。私の理解では、アメリカで医者になるということは、かなりのエリートと考えていい。日本とは大違いだ、、、僻むのはやめて本文に戻る。

そんな彼女が、アジアのどこかからきて頑張っている?私を目にして、興味をもって話しかけてくる、というのは、よく理解できる。Sと親しくなってから、彼のことをよく話題にしたが、“部屋に閉じこもっていて掃除をしないので男臭い”“怠け者”“小さくて弱い”などとこき下ろしていた。彼は、おそらくビザの問題などもあって(おそらく難民のようなポジションなのだと思う)、仕事をしていないと聞いたが、彼女の言葉とは裏腹に、Sはそんな彼を心から愛しているようで(言行不一致はアジア的だと思う)、彼を受け入れることを強硬に反対した家族との絆を失ってしまったことを、決して後悔していないようだった。“私はいつでも結婚する心の準備ができているの”“でも彼ははっきりしないのよ”と、恥ずかしそうに頬を染めていた彼女のことを、たまに懐かしく思い出す。

当時の私には心理的な余裕がなく、彼と直接会ったり、家族で食事に行ったりすることはなかったが、そんなお付き合いをすることが出来れば、彼女も彼も、おそらく喜んでくれただろう。しかし当時の私には、そこまで彼らを思いやる余裕がなかったことが悔やまれる。

”アメリカという国は”、と大上段に振りかぶって理解しようとしても、おそらく空回りするばかりであろうが、自分の身の回りの人たちとの個人的なかかわりの中から、何か本質的なものを見出すことはできるのではないかと思われる。私はSとのかかわりの中で、アメリカ人の中に脈々と流れる、Mothership(Sは女性なので)のようなものを感じて感動した。キリスト教を信ずる国には、“野蛮な後進国の人々に信仰を”といったノリで、与えることや教えることを良しとする文化が根付いているように思われるが、彼女の無償の“愛”のようなものも、キリスト教的な文化に支えられているのかもしれない。彼女の個人的な持ち味ないのかもしれない。解釈は様々に成立するように思われるのだが、私はSとのかかわりから、アメリカ的な、もしくは大陸的な“広い心”のようなものを感じることができ、その後の人生が少し生きやすくなった。

アメリカ的なMothershipのような話をもう一つ思い出したので、忘れないうちに書いてみたい。お暇な方はこうご期待。
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